筑豊見聞録 Pt.2
撮影の合間を縫ってどうしてもいきたかった場所・・・
それは九州を代表する筑豊の炭田地帯。
1973年に第4次中東戦争が勃発。これを受けて日本を襲ったオイルショックによって高度経済成長は終焉を迎えたけど、石油・原子力などの大重工業を重視した無謀な政策から結果的に生まれた産物は、水俣病・大気海水汚染そして一番最初の犠牲となった20万人以上の炭鉱労働者家族が生活しているこの筑豊炭田でした。






どうしてもその長い圧迫と闘争の歴史を直視したく向かってみたけども現在生きてる炭坑はほぼなく、当時の面影は博物館へと姿を変えてました。しかもこの日は休館日。二転三転ありながらも一時間後には入館でき一人貸し切り状態で炭坑の歴史を体感するという奇蹟が去年行った恐山に続きまた起こり何かしらの因果を感じ感動しながらの充実した時間を過ごす。ちなみに、町中で唯一当時のまま残っていたのは草木が生い茂ったボタ山だけ。それだけでも見つけた時はとても高揚してその場に立ち尽くした。

そして、昔何の気なく踊ってた盆踊りの曲♪月が〜出た出〜た 月が〜あ出た〜♪の「炭坑節」のオリジナルを博物館前にあるモニュメントの装置で聴き込みフィールド・レコーディング。この曲が炭鉱での仕事内容やそこで働く人の気持ち、恋人への想いを込めた唄や上役への悪口などを唄ってた内容だと改めて知る事になった。しかもここが発祥の地という驚きと共に。


帰り道。山頂がサックリと削り取られている山の非現実的現実と遭遇しながら小倉へ戻る。充実感と喪失感を感じながらも多くのアノニマスな側面に触れた一日。またいつかここへは訪れるはず。

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